MK net Circuit Topics(2002 Le mans 24h Race
PRESS CONFERENCE-FAREWELL PARTY)
2002/5/212002 Le mans 24h RacePRESS CONFERENCE-FAREWELL PARTY
KONDO Racing ル・マン24時間レースの記者発表が行われました。

近藤代表からご挨拶

Photo チームはもちろんKONDO Racing Teamとしてエントリーしまして、無事に予選を通過しました。
マシンの方は、国産DOME、去年は予選でフロントロー・4位を獲った早いマシンで、エンジンはJUDD、タイヤはグッドイヤーと契約をさせていただきました。
後二人のドライバーはイギリス人ドライバーとフランス人ドライバーの予定です。

今回の22番手という予選通過なんですけれども、僕は22という数字に非常に縁がありまして、日産のワークス、GTRで、95年・96年と2年乗ったのですが、95年に乗った時のカーナンバーが22。これが見事、完走しまして10位に入りました。
そして、2000年に入りまして、パノスというマシンに乗り込みまして、初めてのLMPだったんですけども、この時もカーナンバーが22。これも偶然22だったんですが、その時も完走できまして、8位になりました。
今回は、ゼッケンは9番になったんですけれども、22番がほしい!それ以外は全部完走できてなかったので、22番がほしいと思ったのですが、予選をアタックして結果を見たら22位だったので、これはついてる!逆に僕はゼッケンは9番だということで、シングルでフィニッシュができるのではないかと自分で結構前向きに考えています。
22番は、非常についているので、今年はぜひ期待していただきたいのと、このプロジェクト、僕自身は3年間少しづつ暖めていきたいなと思っています。その1年目ということですので、とにかく今年の目標は最後まで走り切ってシングルでフィニッシュするということ。来年は絶対に3位以内に入るように表彰台を狙って、再来年もその上を狙う、と。とにかくあせらず、自分のペースで。フォーミュラ・ニッポンも自分のペースであせらずきましたので、このままのペースで来年も再来年も3年間がんばっていきたいと思っています。

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<司会>
プライベートチームとして、ル・マン参戦が認められるということは、チームとして、向こうにも認められたということですよね。

<近藤>
そうですね。今回、笑い話になってしまうんですけれども、チェンバレンのチームやA.C.O.・フランスの方といろいろと打ち合わせをした時にレーシングチームとしてのプロフィールを持って行きました。フランスの方でもイギリスの方でもかなりKONDO Racingがフォーミュラ・ニッポンで活躍しているということを理解していただけてたようで、彼達に言わせると「知ってる、知ってる。日本でお前のチームは立ち上げたばっかりなのにもかかわらず、いい成績を獲ってるな」と。チームのプロフィールのページめくるたびにすごくお褒めの言葉をいただきました。実は最後から2番目のページに僕のレーサーとしてのプロフィール、そして一番最後のページに少し恥ずかしいんですけれども、アーティストとしてのプロフィールも載せておいたんです。彼達は知ってる知ってるという割りに、最後のページを見て、僕に向かって一言、「何だお前、歌も歌っているのか」と。僕が歌手だということをやっぱり知らなかったんだなと思いました。これを機会に、今度決勝に行く時には発売したばかりのCDを持って行こうかなと思っています。「俺は歌手なんだぞ」って、見せようかなと思っています。
まあ、今は明るくやっていますけれども、決勝はかなり厳しく、絶対に完走して帰ってきます。



マシン カラーリングデザイン発表
フォーミュラ・ニッポンの時もいつも車を展示して、皆さんに見ていただいてるんですが、今まさにDOMEの車はイギリスのガレージに入って、ル・マンの本戦に向けてスタンバイしているところで、いろいろ考えたんですが、こちらに持って来るわけにいかずに、今回はマシンのカラーリングとデザインだけを見ていただこうと思います。
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Photo<司会>
これはマッチの今までマシンとしては初めてのカラーリングですよね。

<近藤>
そうですね。うちのレーシングチームは赤がメインのカラーだったんですが、今回はこういうカラーリングです。またうちのチームのデザイナーのスミヤさんにデザインを頼みました。デザインは非常にかっこいいんですけれども、うちのレーシングチームの方に問い合わせたら、
非常にペイントするのが難しいと言われました。いろいろと苦労は多いんですけれども・・。
ル・マン、このマシンで走っていきたいと思います。



最後に
80年代の後半に、僕の師匠の星野一義さんがル・マンに出て行くのを応援しに行かないかと言われまして、歌手・近藤真彦が星野さんのレーシングチームについて行ったことを思い出しました。その時は、ピットの上のガラス張りの部屋から、星野さん達が一生懸命仕事している姿を見てまして、すごい世界だな、かっこいいな、男だな、とそういう目でずっと見てたんですね。チームの皆さんが気を使ってくれて、下に下りて来いと、このジャンパー着なさい、と言ってくれました。星野さんのチームのジャンパーを着て、みんなで他のレーサーの方たちと写真を撮って、その時の写真がまだ残ってるんですけども。
それが80年代後半で、その後90年代になりまして、95年には驚くことに、僕がもうレーサーになっていて、そして日産のワークスの一員として、星野さんと今度は借り物じゃないジャンパーを着て、みんなで並んだ写真もあるんですけども。その時に僕は写真を撮りながら、あ、俺、ここまできたんだ、これも借り物じゃないしって思いました。その感動した写真も持っています。
ところが2002年には、今度もっと大きな、自分のチームをル・マン持って行って、しかも自分も乗るという大きなプロジェクトを進めることができまして、ほんとに応援していただいてる皆さんには感謝しています。責任もすごく感じています。なので、絶対に完走して、必ずいい結果出して帰ってきますので皆さんもテレビで応援していてください。
本日はほんとにありがとうごさいました。


近藤代表からのメッセージ
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